『火車』 心に様々な色の泥が徐々に溜まっていくのを感じる話
内容
舞台は90年代の日本。主人公は足に怪我を負い、休職している刑事。
親戚の男性から頼まれて、失踪した彼の婚約者、関根彰子を探すことになった。
自ら失踪した彰子の足取りを追っていく中で、借金の犠牲者たちの凄惨な事実に辿り着く。
読んだ理由
宮部みゆきの作品をもっと読んでみたいと思い購入。
前に読んだ『魔術はささやく』がとっても面白かったので。
感想
面白かった!
読み進めるのと同時に、心に様々な色の泥が徐々に溜まっていくのを感じる、そんな小説。
すっきり、感動したい人へはおススメできない小説だが、重い話が好きな人にはおススメ。
紹介文には「ミステリー史に残る傑作」とあったが、私は人間ドラマの方が印象深かった。
登場人物それぞれに生活があり影がある
怪我をし休職中の刑事であり、息子・智と二人で暮らす寡夫の主人公本間。
失踪した関根彰子の婚約者で、冷たい印象を受ける和也。
やさしい家政夫・井坂と、その妻、仕事をバリバリこなす久恵。
のんびりとした真面目な女子事務員みっちゃん。
などなど…多数の人物が登場する本作品。
それぞれが、それぞれの価値観を持ち、それぞれの苦しみや悩みを抱え、それぞれの人生を歩んでいる。
この違いこそが、この話の根幹に関わっており、謎解き以外の小説の魅力となっている。
あまり上手じゃないお話だと、サブキャラ達は情報提供するためだけのNPCっぽく感じるが、それが全然ない。
私が特に心に残ったのは「本田保&郁美」あと「あの人」。
理由は続きのネタバレあり感想で。
ネタバレあり感想
新城喬子という女
失踪した「関根彰子」は、本物の関根彰子を殺し、彼女に成り代った新城喬子という女であった。
彼女は親の借金によって、人生を大きく狂わされ、他人となることでしか人生をやり直せない状況に追い込まれていたからだ。
私は新城喬子がすごく心に残った。
好きな人物とも嫌いな人物とも形容できない、心に残る人物。
特に印象的なシーンは、借金を相続放棄ができると知った喬子が、行方不明の父が死んでいることを望みながら図書館の官報を確認するシーン。
倉田の声に、鞭で叩かれたかのような、苦痛の色が混じった。
「死んでてくれ、どうか死んでてくれ、お父さん。
そう念じながら、 喬子はページをめくってたんです。
自分の親ですよ。それを、頼むから死んでいてくれ、と。(以下略)」
机をへだてて座る新婚の夫の目のなかに、喬子は見つけるのだ。
非難よりもなお悪い、道端に落ちている汚物をみるような嫌悪の色を。
元夫である倉田から語られた、浅ましくも悲しい姿。
悲惨な境遇が生み出した、狡猾で残忍で冷徹な、でも良心を捨てきれない女性。
彼女がどうなったかは小説内では語られていないが、心が救われてほしいと願わずにはいられない。
他に印象にのこった人物は本田保&郁美。
新城彰子の幼馴染とその妻。
殺されてしまった彰子へ想いが切ない。
妻を愛しているが、好きだった彰子のために奔走せずにはいられない保。
そんな夫を暖かく送り出し、家を守る郁美の強さ。
お互いがお互いを認め合っていて、素敵な夫妻だと思った。
(喬子が悲しい夫婦だったのでよけいに…)
ぞわっとしたシーン
失踪した「関根彰子」と本物の「関根彰子」が同一人物でない事が明かされたとき。
彰子と入れ替わることに失敗した喬子が、別の人物をターゲットにしたこと。
このお話はミステリーとされているが、謎解きを楽しむお話ではなく、謎が解かれてた時に戦慄するお話だと思った。
借金は怖いね
絶対借金しない!と誓った。
しかし、作中でも指摘があった通り、対岸の火事と思わないことが大事だなぁと。
まとめ
心に様々な色の泥が徐々に溜まっていくのを感じる話。
様々な登場人物に、様々な感情を抱く喬子。
読後の私の気持ちも、一言では言い表せない複雑で重いものだった。